わたしたちについて

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社会人になり「どん底」に落ちること3度。立ち直らせたのは「エネルギーから世界を変える」という“使命感”

世界中で「脱炭素化」が進んでいる。
日本においても、経済産業省が2050年までの長期エネルギー戦略に対する提言をまとめ、「自然エネルギーを日本の主力電源とする」との方向性を打ち出している。マーケットの拡大に向け、幅広い業種の大手企業が電力関連事業に参入する中、存在感を見せつけているベンチャー企業がある。

 

自然電力グループ。2011年の創業から7年で、グループ3社で約200名のチームに成長を遂げ、太陽光発電、風力発電、小水力発電、電力小売事業へと領域を広げている。
同社を立ち上げたのは、2011年当時、風力発電会社に勤務していた3人。30歳にして「エネルギーから世界を変える」を理念に、チャレンジをスタートした。

 

新しい産業を創れる可能性に魅力を感じ、風力発電会社へ

自然電力は創業以来、3人の代表体制で運営されている。代表取締役の1人が川戸健司さんだ。

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  • ▲代表取締役 川戸健司氏

大学時代は数学を専攻し、公認会計士の資格を取ろうと考えていた。そんなとき、会計士試験の勉強をしながらできるバイトとして、友人から「楽なアルバイトがあるよ」と誘われて入ったのが風力発電の会社だった。

アルバイトとして気楽に働いていたが、数カ月もすると、事業への興味が湧き上がってきた。

「北海道に風力発電所が完成し、現地に行ったんです。そこで地元のおばあちゃんと話したら、『サンマ漁ぐらいしか収入源がなかったが、新しい産業ができた』とすごく喜んでくれた。地方で産業が生まれるってすごいことなんだな、と実感したんです」

以前から、人の生活の存続に関わるような仕事をしたいという想いがあった。川戸さんの祖父は、戦後の焼け野原で、「腹いっぱい飯食って頑張れば、日本は復興できる」と、農業関連の会社を起こした人物。川戸さんが高校生のころ、祖父が亡くなる直前に「この仕事をしていて良かった」と語るのを聞いて以来、自分もいずれ人の生活を支える仕事がしたいという気持ちが頭の片隅にあった。

そんな漠然とした志が「電力事業」へとつながり、本気で勉強を開始。海外事例を研究するうちに、日本での自然エネルギーの可能性に気付き、雑務の多かったバイトから、より事業への理解を高めることに注力できる役割を任せられるようになり、卒業後そのまま入社した。

 

心が折れかけること3度。立ち直らせたのは「使命感」だった

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事業に携わりだして、その後7年間で、感情の波がどん底に落ちたことが3度あるという。

1度目は入社2~3年目の時期。会計知識を買われて経理・財務を任されていたが、現場から離れた業務を続けるなかで、自然エネルギーの普及という大きな目的への貢献の実感が持てずに、モチベーションが著しく下がった時期があった。

そんなとき、現在、共に代表を務める磯野謙さんが風力発電の現場までインターンの面接にきて、たまたま川戸さんが案内を担当した。磯野さんは大手情報サービス会社に勤務していたが、幼いころから長野とカリフォルニアの大自然に触れて育った彼は自然エネルギーが社会に与えるインパクトの大きさに興味を持ち、環境問題を深く学んでいた。

磯野さんは、初めて実際にみた現場のスケールの大きさに感動し、「今、世界で起きていることは…」「地球の未来は…」を熱く語った。

「特に社会人になりたての時期は、目の前の仕事や現実にとらわれがちだと思います。でも、磯野君に会って、外部からの客観的な視点を取り戻すことができた。今関わっている事業の意義や未来を俯瞰してとらえたことで、もう一度がんばろうと思えたんです。ここで経験した『視座』の大切さは、今でも社内のコミュニケーションなどの場面でも意識しています」

 

2度目の「底」は、その2年後。自分の努力ではどうしようもない、社会の変化によるものだった。まだ日本で自然エネルギーへの理解が進んでいない時代で、風力発電に対し、騒音やバードストライク(鳥の衝突)の問題が持ち上がり、建設予定地の地域住民から反対運動が起きるようになった。現地へ計画の説明に赴くと、「孫のためにやめてくれ」と泣きつかれることもあったという。「社会を良くするために」という想いでやっていることが、異なる立場から見れば「悪」になる。そんな現実に苦しめられた。

それでもこの業界を辞めなかったのは、当時、10カ所以上に及んだ交渉のうちで1カ所、自分を強く信じてくれた町があったからだ。

交渉が思うように進まない中でも、「誠実でありたい」「嘘をつきたくない」という信念は強く持ち続けた。良いことだけでなく、マイナスなことも含めて本音で話した。そして短期的な話だけでなく、20年後も見据えた付き合いを目指していることをうったえるうちに、徐々に信頼を得たのだ。

「『川戸さん、まだ若いものね。20年後まで面倒みてくれるなら』と。その1回があったから、投げ出さずに続けられました」

また、地域への思いを強くしたのもこの経験を通してだという。

発電所を建設し、その後20年以上にわたり運営していく間、地域の方にいかに安心していただくか、また、どのように地域に利益を還元していくのかを考え、丁寧にコミュニケーションを取る。そのようなやり取りを通じて、真に地域に根差した発電所の建設を大切にする。このポリシーは、自然電力にもしっかりと根付いている。

 

その3年後、3度目の「底」が訪れる。当時は、政府による自然エネルギーへの補助金制度も終了し、会社としてもその後の事業の在り方を模索中だった2011年3月、東日本大震災が発生した。

川戸さんは、震災後、会社の業務が止まったことと、地震による被害の大きさのショックからしばらく誰にも会わずに一人で家にこもる時期を過ごしたという。

「積み上げてきたものが、たった一つの事象によって一瞬で消えてなくなる。その現実に強いショックを受けたんです。地球のなかで人間中心と思っていたところが、自然の力でいとも簡単に破壊される、その映像に完全に打ち砕かれて。これからまた頑張っても、何かあったら全部なくなっちゃうんだよな……と、茫然としました」

 

「自分たちにしかできないことをやろう」

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しかし、家にいて、ただ時間を過ごしているのも次第に物足りなくなってくる。そこで会社に行ってみると、まだ業務自体は停止していたが、集まってきていた仲間たちと業務を超えた話をした。

「日本の将来に向けて、ここから何をすべきか」「原発事故が起こってしまった後、電力の専門家である自分たちに、今何ができるか」「この状況を、新しい未来を創るチャンスに変えていこう」――そんな議論が昼夜を問わず繰り広げられた。

そして議論を深める中で出た発言があった。「今の日本のエネルギー問題に対し、未来のことを真剣に考え、一から新しい仕組みを創り上げていくのは、自分たちの使命だよね」

「使命」という言葉を耳にしたときに、覚悟が決まった。

「僕らはベンチャー企業にいたおかげで、20代ながら数百億円規模のプロジェクトを任され、風力発電所を作る事業の企画段階から完成までの全工程を経験していた。そんな経験を持っている若者は、当時稀だったんです。『大いなる勘違いかもしれない』と承知しつつ、エネルギーで世界を変えようとするなら、自分たちでやるしかない!と思ったんです」

この議論に加わっていた仲間のうち3人が「自然電力」という形で未来を創ることへの挑戦を選んだ。川戸さん、磯野さん、そして長谷川雅也さん。ほぼ同い年の30歳前後の3人だった。

今までの常識に縛られない未来をゼロから作ろうと、3人は独立を決意し、自然電力を設立した。

しかし、会社を立ち上げたものの、資金、信用は由緒ある大企業と比較すると及ばない。技術力も大きなエンジニアリング会社には及ばない。ただ、自然エネルギーの専門会社は日本にはあまりなかった。そこに立とうと思った。

自然エネルギーの先進国から技術を学び、ビジネスチャンスを探るため、ヨーロッパに渡った3人は、トップクラスの会社を次々と訪問。勉強して回った。

「実績がない」という理由で冷ややかな応対の会社もあるなかで、ドイツの自然エネルギー会社・juwi(ユーイ)は違っていた。3人を温かく迎え入れて、サンドイッチを食べながらのランチミーティング。当時は「日本でのビジネスは難しいので参入しない」という方針だったが、それを覆したのは、3人が語る「未来」だった。

自然電力が描く未来像。それはjuwiが目指す未来像と一致していた。ミーティングは大いに盛り上がり、3人は「ここと組むしかない」と自然に意見が一致。

グローバルのノウハウを勉強するのと同時に日本ローカルでの活動をしている中で出会ったのが、熊本のとある会社の社長。発電所事業の発注先として大手企業の名前も並ぶなか、自然電力を選んでいただきたい。自分たちだけでできること、できないことを正直に伝え、絶対に嘘はつかないことを誠実に訴えた。徐々に理解と信頼を得、初受注に成功。juwiとの初共同プロジェクトとして、創業から1年半、初のメガソーラーを完成させた。

この成功が大きな飛躍の転機となり、juwi と正式に合弁会社を設立することとなった。

 

自然エネルギーを、日本が誇れる産業に育てる

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地域に根差した開発力と、juwiの世界レベルの技術力が合わさり、自然電力グループは急速に成長。マーケットが拡大し、多くの企業が参入している現在でも、確かな技術力に加えて、スピード感を強みとし、事業拡大を続けている。

ベンチャーならではの「スピード」は、大手企業にとって大きな魅力。大手との共同プロジェクトも多い。2017年には、東京ガス株式会社と資本業務提携契約を締結した。

いま自然エネルギーは大きな転機を迎えている。

世界では、太陽光発電のコストが従来型発電のコストを下回るようになった。これまでの自然エネルギー事業は、補助金や優遇制度に支えられるケースも多かったが、本当の意味での自由競争の時代が到来した。

実績とノウハウを蓄積してきた自然電力にとっては、大きなチャンスが訪れている。

「かつての僕らのように、当社では20代の社員たちも百億円規模のプロジェクトを動かしています。大きく変化していくマーケットで存在意義を確立するための戦略はいろいろと立てていますが、先々の目標は、自然エネルギーを日本の新産業として確立すること。自社だけでなく、多くの会社や人を巻き込んで、世界で優位性を持つ産業に育てていくということです。未来に対して、価値を創っていく。創業当時の想いをそのままに、さらに大きな力へ変えていきます」

 

文:青木典子 写真:小出和弘


この記事は「リクナビNEXTジャーナル」より転載しています。 


 

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